「リーダーシップ往復書簡」では、更新がたまにになってしまうかもしれませんが、私がライフワークとしてテーマにしているリーダーシップについて記載してまいります。

以前、リーダーシップについて質問を募集したところ、ありがたいことに、いくつかご質問をいただいたので、それらに対して、現時点の自分の考えをまとめておこうと思います。

私は実務家なので、硬い表現を使うと、リーダーシップの社会実装に興味があります。もしかすると最新のリーダーシップにかかる学術的な見解とズレもあるかもしれませんが、その点については予めご容赦ください。

また、ご質問やコメントも大歓迎です。もし興味ある人いれば、これを酒の肴に一杯やりましょう!

 

 

【Q.1】
ヒロイックリーダーについてどう思うか?
彼らはいかにしてリーダーシップを発揮しうるか?

 

<コメント>

私は、リーダーとは、遠い距離間の人々においては英雄であり、近い距離間の人々においては家族や仲間のような存在であるべきと考えています。

ヒロイックリーダーとは、日本語では、”英雄的なリーダー”と翻訳されると思います。

従来、リーダーとは英雄的な存在だったと思います。

しかし、ヒロイックや英雄的という言葉の持つ、「俺について来い!」的な”マッチョなリーダー像”に対して、昨今は、サーバント・リーダーシップのような違う型のリーダーシップに注目が集まっているためか、ややネガティブな意味合いで使われているように思います。

今やヒロイックリーダーは、その強いリーダーシップによりフォロワーの自主性や主体性を奪ってしまったり、自己陶酔したりしているイメージすらあります。

ただ、私は、ヒロイックリーダーが悪いリーダーシップだとは捉えておらず、前述のとおり、本来はリーダーとは英雄的な存在なのです。

昨今の指摘を改善し、人々が期待するヒロイックな部分はそのままに、人々が嫌悪するヒロイックな弊害は修正して、リーダーシップを発揮すればよいと思います。

その改善方法は、冒頭に記載した距離感だと考えています。

具体的には、遠い距離間の人々には、それこそ鮮烈な眩いばかりの”強いリーダーシップ”が必要であり、近い距離間の人々には、”柔らかなリーダーシップ”が必要なのではないかと思います。

例えるならば、リーダーは太陽みたいなものかと思います。距離が遠いならば燦然と輝きますが、距離が近いとその強烈な熱で焼け死んでしまいます。

ヒロイックリーダーは、このようにフォロワーとの距離間に気を遣うことで、より適切にリーダーシップを発揮できるのではないかと考えます。

なお、このヒロイックリーダーに近い論点として、私は以前「リーダーと考える経営の現場・第10回 傲慢な存在」を記載しています。ご興味ある方はご一読ください。

 

 

※この記事は、2019年8月17日付Facebook投稿を転載したものです。

株式会社スーツ 代表取締役 小松 裕介

 2013年3月に、新卒で入社したソーシャル・エコロジー・プロジェクト株式会社(現社名:伊豆シャボテンリゾート株式会社、JASDAQ上場企業)の代表取締役社長に就任。同社グループを7年ぶりの黒字化に導く。2014年12月に当社設立と同時に代表取締役に就任。2016年4月より総務省地域力創造アドバイザー及び内閣官房地域活性化伝道師。2019年6月より国土交通省PPPサポーター。