新型コロナウィルス感染症をめぐる法的留意点・第1回 ― 売買契約・請負契約

 

初めまして、スーツ所属の西原と申します!

 

私は弁護士登録をしており、また、スーツ入社前は西村あさひ法律事務所にて2年間働いておりましたので、本連載では私の弁護士としての見解に基づき、新型コロナウィルス感染症問題の影響を踏まえ法的に留意すべきポイントをQ&Aの形で紹介してまいります。

 

なお、本連載の内容は私個人の見解であって、当社の見解ではないこと、また個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、弁護士の助言を求めていただく必要があることにつき、ご注意ください。

 

今回は、新型コロナウィルスの影響に関する商取引上の問題、特に売買契約・請負契約に焦点を当ててご紹介いたします!なお、売買契約と請負契約は論点としては同じとなりますので、併せてご説明いたします。

 

なお、2020年4月1日に改正民法が施行されましたが、その施行日前に締結された契約については、原則として改正前の民法(以下「改正前民法」といいます。)が適用される一方、施行日後に締結された契約については改正後の民法(以下「改正後民法」といいます。)が適用されることから、必要に応じて両者を区別して記載していきます。

 

【Q1.】 売買契約・請負契約

新型コロナウイルス感染症問題の影響により、納期までに取引先(買主・発注主)に対して売買・請負の目的物を引き渡せない場合、当社(売主・受注主)は、どのような法的責任を負うか。

 

納期を守れない場合、まず原則としては、①取引先(買主・発注主)に生じた損害を賠償する責任(債務不履行による損害賠償責任)を負う可能性があり(民法415条)、また、②取引先(買主・発注主)から、相当の期間を定めた引渡しの催告がされ、その期間内に引き渡すことができないときは、(対価の支払い無しに)その売買・請負に係る契約を解除される可能性も存在します(民法541条。なお、請負の場合は対価の支払い等をすればいつでも解除可能な点にご留意ください(民法641条、改正後民法634条参照))。

 

もっとも、目的物を引き渡すことができなくなった原因が新型コロナウイルス感染症の影響である場合、 (1)(契約書の定め次第では)「不可抗力」に該当することを理由に①の損害賠償の責任を免れ、又は②の取引先(買主・発注主)による(対価の支払い無しの)解除を拒絶できる可能性がありますので、契約書に「不可抗力」の場合の免責の定めの有無及びその内容を確認する必要がございます。「不可抗力」の内容として、「感染症」や「疫病」等を列挙している場合であれば新型コロナウイルス感染症問題が含まれる可能性が高く、また、列挙されていない場合でも「その他の不可抗力事由が生じた場合」という形で広く定められている場合には、新型コロナウイルス感染症問題が「不可抗力」に該当すると解釈できる余地が存在します。

 

また、 (2)仮に契約書に「不可抗力」の場合の免責の定めがない、新型コロナウイルス感染症問題が「不可抗力」に読み込めない場合でも、「債務者の帰責事由」がないことを理由に①損害賠償の責任を免れ、又は②(改正前民法が適用される場合に限られますが)取引先(買主・発注主)による(対価の支払い無しの)解除を拒絶できる可能性があります。もっとも、改正後民法が適用される契約については、契約の解除の要件として「債務者の帰責事由」は不要とされておりますので(改正後民法541条乃至543条)、目的物を引き渡すことができない場合、②契約解除をされるおそれがありますので、留意が必要です。

 

読者の中には、(1)の「不可抗力」の場合の免責の定めがなくても(2)の「債務者の帰責事由」の不存在を理由に救済されるのであれば、(1)の「不可抗力」の場合の免責の意義は大きくないのでは? とお気づきの方もいらしゃるかもしれません。(1)の「不可抗力」は「外部からくる事実であって、取引上要求できる注意や防止方法を講じても防止できないもの」と解釈されている一方(民法419条3項参照。我妻榮他『我妻・有泉 コンメンタール 民法-総則・物権・債権-』(日本評論社・第5版・2018年)782頁)、(2)「債務者の帰責事由」については、「契約そのほかの債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」判断されることとされており(改正後民法415条1項但書。改正前民法が適用される場合も同様の解釈と考えられております。)、一般的には(2)の「債務者の帰責事由」の不存在の方が(1)の「不可抗力」より広く認められます。

 

したがって、「不可抗力」の場合の免責の定めが意味をもつのは、(a)改正後民法が適用される契約の場合(②の契約解除についても拒絶し得ることになります。)、(b)「不可抗力」の内容として、「感染症」や「疫病」等を列挙している場合(免責事由に該当することの立証が容易になります。)に限られるものと考えられます。

 

さらに、同じ新型コロナウイルス感染症問題といっても、その影響については個別事情によって異なるため、(1)「不可抗力」の該当性や(2)「債務者の帰責事由」の有無の判断については個別事情によります。

 

具体例でいえば、工場において従業員の一人がコロナウィルスに感染し、それにより工場を閉鎖した結果納期を守れなかった場合で、 (a)当該工場が「取引上要求できる注意や防止方法」(いわゆる「三密」を避けた職場環境の整備や交代勤務制が考えられます。)を取ったにもかかわらず防止できなかった場合であれば、(1)「不可抗力」に該当又は(2)「債務者の帰責事由」が不存在と判断され、①又は②の責任を負わない可能性が高いと考えられます(但し、改正後民法が適用される場合で「不可抗力」の免責の定めがない場合には買主・発注主は②の対価の支払い無しの契約解除は可能です。)。他方、(b)当該工場が「取引上要求できる注意や防止方法」を取らなかった場合については、かかる抗弁が成立せず、①又は②の責任を負う可能性が高いと考えられます。

 

また、緊急事態宣言及び都道府県知事からの休業要請を受けて休業した結果、取引先(買主・注文主)に対して目的物を引き渡せなくなった場合については、弁護士の中でも見解が分かれており、(a)休業があくまで「要請」に過ぎず強制力を伴うものではないことからすれば、直ちに(1)「不可抗力」に該当又は(2)「債務者の帰責事由」が不存在とは判断されないという見解もあります。もっとも、(b)休業要請は新型コロナウィルスの急速な蔓延の防止という人命にかかわる目的で発せられたものであり、休業要請を受けた会社はかかる公益目的から休業することが事実上の強制力をもって求められている点に鑑みると、(1) 「不可抗力」に該当又は(2)「債務者の帰責事由」が不存在と判断され、①又は②の責任を負わない可能性が高いと考えております(但し、改正後民法が適用される場合で「不可抗力」の免責の定めがない場合には買主・発注主は②の対価の支払い無しの契約解除は可能です。また、個別の事案に応じて結論は異なり、今後の司法判断等を注視していく必要がございます。)。

 

設問とは異なりますが、もし逆に、買主・発注主側で、新型コロナウイルス感染症問題により取引先(売主・受注主)に納期が守ってもらえない場合には、逆の立場から損害賠償請求又は契約解除ができないか、検討していくことなります。なお、改正後・改正前を問わず、金銭債務については、債務不履行に基づく損害賠償について不可抗力は抗弁とできないため、売主・受注主側の代金支払義務については免責されないことには留意が必要です。

 

次回は、イベント等が新型コロナウイルス感染症問題により不開催となった場合の法的留意点について検討してまいります。